【型は大量生産だけが目的か?】

まず、今回の投稿写真の説明です。 これは、メンバーの岡崎さんが、本業の設計事務所で請け負った和菓子屋さんの店舗解体時に入手したものです。廃業に伴っての店舗解体だったので、什器類もすべて廃業処分でしたが、この多数のお菓子型は処分する気になれなくて、施主様に了解を得て持ち帰ったそうです。



私(宮本)は、岡崎さんの投稿で最初にこれらを見た時、身震いしました。なぜならば、この多数の型ひとつひとつに「魂」を感じたからです。


ここで、少し別視点の話になります。皆さん、「型」って世の中にどれぐらいあると思いますか?私も知りませんが、間違いなく相当数に及ぶはずです。もちろん、プラスチック金型やプレス型は一般的に目にする機会は、ほとんどないですが、身近なものなら、例えばクッキーを抜く型や、押し寿司の型なら見たこともあると思います。


そして、次にお金の話です。お店で売られているたくさんの商品。ひとつひとつが手作りで、世の中にひとつしかないものが高くて、大量に作られた同じものは、安いってイメージがないですか?はい、その通りです。型(金型)はいろんなモノを安く大量に作るのことを 目的で考えられた道具であり、手段でもあります。


と、ここまでが一般的な話。

ここで、型を大量生産、そして利益を追求するためだけの手段として締めくくってしまうと、それは、とっても寂しい話。ここからは、長年製造業に従事してきた私の希望的見解ですが、人類の歴史と共に考え出されてきた世の中の「型」って、人の暮らしを少しでも豊かに、そして楽ができるようにを願って、これが最初なんだと思います。

少しでも料理が楽になるように、少しでも便利な道具が作れるように、少しでも快適な住空間を確保できるように、こんなの数え切れないと思います(笑) 


それで、産業革命以後、近代では、大量生産が巨大な富を生み出す手法となって今日に至りますが、「型」はもともと先人の知恵と未来の希望のシンボルであってリスペクトすべきものでもあります。けっして利益追従だけのものではないと願ってやまないプラモ尼崎城の メンバー各位です。


最後になりましたが、現在私たちが企んでいるプラモ尼崎城もそうですが、プラモデルや玩具類の金型も先人たちが、少しでも多くのお子ちゃんたちを、笑顔にしようとがんばって 築き上げてきた成果の賜物だと思います。

若干、大人たちも喜ばせ過ぎな感じもしますが(笑)   (宮)



〈尼崎城開城まで280日〉

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プラモ尼崎城

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